映画における聴覚的要素の機能 -映像の培養基 音声・環境音・音楽-




現代における映画の多様性
映像と「音」の関係
20世紀の新ジャンルとしての映画「音」
視覚と聴覚
映画音楽と批評
発源体としての映画の「音」


 

●映画の「音」が陽をあびていた時代があったのだろうか。
A・ゴレア(Antoine Goléa)の「現代音楽の美学」 (Esthétique de la musique contemporaine, 1954・音楽の友社・1957)は、プロコフィエフ (С. Прокофьев, 1891-1953) の「フレスコ音楽」 (musique. de fresque・映画音楽、劇場音楽、オラトリオ音楽等)に言及している。プロコフィエフが最も充実した時期に偉大な画面を彩色して過ごしたことと共に、映画音楽に与えられた重要性について、他のどんな音楽よりも本質的な意味において音楽の将来を決定すべきものと位置づけている。音楽が主題歌、ムード、平易さ、卑俗さだけになるのか、または音楽として生き残れるのか。ゴレアによると、映画は古代ギリシャの合唱曲、中世の神秘劇に代わって、人々が礼讃に集まる唯一の場であり、「人間の心の鼓動や、人間的感激をそれまでは想像できなかったほど単一化し、普遍化した」「音楽の運命は映画音楽の現在及び将来の質に依存すること莫大」な存在であるという。

今村太平は
「映画論入門」 (真善美社,1948)の中で、現在音楽そのものが弦楽を主体にしたシンフォニー・オーケストラの解体の歴史であることを前提に、映画で使用するマイクロフォーンもまたシンフォニー・オーケストラを分解する技術の基礎ゆえに、両者を歴史的な視点で同時進行しているとみた。彼は映画が導入している雑音、騒音がやがて音楽に革命をもたらすことを予想した。

●同時代の1940年代末に
エドガー・ヴァレーズの始めた録音テープのコラージュは、第2次大戦後フランスで誕生したミュージック・コンクレートの先駆けである。ミュージック・コンクレートは電子音楽とも偶然性の音楽ともプロセス音楽とも異なる形式で、音声、音響、自然音、機械音、等さまざまな音のテープ録音を逆再生や速度変化、音同士を幾つも組み合わせて分析して音楽に構成するものである。これは映画の音づくりに近似している。トーキーの音は録音された様々な音源を選択しサウンド・フィルムに編集される。「新映画事典」 (美術出版社,1980)の「映画における諸ジャンルの区分・(2)無声映画とトーキー」の中で浅沼圭司 (1930- ) は、トーキーの独自性が単に画面との同調にだけあるのではなく、楽音、言語音、雑音等のあらゆる音源が、マイク、アンプ、フィルムを通して1つの音現象に形成されるという点では、トーキーは録音テープによるミュージック・コンクレート出現以前にミュージック・コンクレートを実現していたとのべている。

●映画の「音」の現代音楽への影響関係として
「人間と音楽」 (The Music of Man, 日本放送出版協会, 1983) の中で、イェフディ・メニューヒン (Yehudi Menuhin, 1916- ) とカナダのピアニスト、グレン・グールドの対象で、グールドがバッハのジーグの「コマ切れ」録音したテープを聞いた後で語った言葉をそのまま引用してみよう。生の演奏がすべての価値尺度であるとするメニューヒンに対し、ナンセンスと反論する。「聴き手がただの受け身でなく参加者になる。たとえば私は、曲によってピアノ・ソロを2チャンネルや4チャンネルどころか8チャンネルで録音することを試みています。たくさんの視点を埋め込むというか、同時にマイクにとって、あとでそれぞれの特徴をはっきり出し、映画的な手法でつなげてみたいんです。たとえば、ピアノの弦の間にマイクを置いて、ジャズ風にピアノの内部からとったショットがあるかと思えば、会場最後列で聴く感じのショットもあるというぐあいにね。」「映画監督がショットのリストをつくるようにして全体の構成をたてるのです」。

●秋山邦晴(1929- )は、視覚的な要素と聴覚的な要素を根源的な地点に
おいつめたときに、従来の音楽形式とは無縁な構造が生まれる。現代は音楽がかつての形式や形態を解体し、音響という原点まで立ちかえっての表現を問われる時代であることを指摘している。

●機械操作を必要としない音楽分野の進出もめざましい。
第3世界の音楽として注目を浴びているセネガルタムタム合奏団の野生のリズムは、あらゆる生活音を取り込み、濾過してタムタムの中に昇華させている。環境音への積極的なアプローチである。

●さまざまな形で現代音楽と映画の「音」の近似関係が認められている
にせよ、1930年代から50年代始めにかけての映画ないし映画音楽への熱気は、今日では想像もつかない。坂本龍一 (1952- ) が「ラスト・エンペラー」でアカデミー音楽賞を受賞したときも、一般の受け止め方は極めてクールであった。日本の文化が多少成熟度を増した結果ともいえるが、監督賞や演技賞にくらべ、映画音楽が添え物という発想がいまだに定着しているゆえんであろう。

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