6. 〜現在
 
「新しいフィールドにチャレンジ」
 
----------去年の8月にソニー・ミュージックグループを退社され、時間をおかず(財)横浜市文化振興財団に入社されました。欧米では自己のステータスを上げるための転職は日常のことですが、金子さんの場合もそのような理由からでしょうか。
 
自己のステータスを上げる、という点ではその通りです。いくらか大きな会社とはいっても、ひとつの会社に27年もい続けると、どうしてもいろんなことでの限界、というかこの先できることとできないこととが見えてくる。そんな意味で自分の将来を考えていた時にたまたまみなとみらいホールから声をかけてもらったので、新しいフィールドにチャレンジする、というチャンスに迷わず飛び込みました。
 
----------現在は横浜みなとみらいホールのエグゼクティブ・ディレクター、企画室長としてご活躍をされていますが、どんな人たちをターゲットにして、コンサートを開いていらっしゃるのでしょうか。
 
オープン以来3年間でホールの固定ファンになってくれたのは、 どちらかというと 高齢層が多いので、5年をスパンに、今後は若いファン層を獲得 したいですね。それと、 本当に質の高いコンサートによって、クラシックをよく知 らない人たちも含め、いろんな 層の人たちに楽しんでもらえるコンサートを企画し ていきたいと思っています。
 
----------音楽の世界では、「芸能と芸術は別物。つまり、芸能とは人に喜んでもらうもので、芸術は大衆にウケることを考えてはいけない」という考え方が一方でありますね。
 
“芸術は大衆にウケることを考えてはいけない”なんて誰が言ったのですか。大衆とは言いませんが、他人が見向きもしない芸術というのが成り立つのでしょうか。僕はそうは思いません。話を音楽に限りますが、音楽とは、創作⇒演奏⇒鑑賞 の三つの要素で成り立つと思います。そもそもの始めはその三要素が一人の人間によってされていたかも知れない。でもきっと、すぐに鑑賞は他のふたつから分離したと思います。創作者と演奏者は一人の人間でも成り立ちますが、第三者としての鑑賞者がいない状況ではすぐれた創作も演奏もありえないでしょう。見られることを想定しない絵画、読まれることを想定しない文学、聴かれることを想定しない音楽はあり得ません。

ところで、ひとつの芸術・芸能・文化にはそれぞれライフサイクルがありますね。始めは創作の時代:音楽で言えばルネッサンス以降19世紀初頭までは創作の時代だったと言えるのではないでしょうか。バッハのように創作と再現(演奏)がほぼ同時に行われ(つまりcreator とperformerは同一)、鑑賞者は創作と再現を同時に楽しんでいた。次にベートーヴェン以降あたりからだろうか、creator とperformerが分離して専門の演奏者が成立する。このあたりで指揮者という専門の職業が成立したはずです。芸術としては、再現芸術(interpretation)が独立して成立した時点で、“クラシック”になるのだと思います。その時代が20世紀始めまで続いた。そのあとその芸術はゆっくりと、しかし確実に老齢期を迎えるんだと思います。決して悲観的に言っているつもりはありませんが、“創作としての”クラシック音楽はすでにずっと以前に老齢期を迎えたと思います。いやそれどころかすでに死んでいるかも。繰り返しますが、これは“創作”に限ったことです。演奏・再現の時代はこれからもずっと続くと思います。
 
「音楽は三つの要素から」
 
----------クラシック音楽の創作は死んでいる、ですか。ニーチェの「神は死んだ」を一瞬思い出しました(笑)。死んだとまで言われると、ちょっと反論したくもなるのですけれども。
 
すでに死期を迎えた“クラシック音楽の創作”に今後何が残されているか。その答がまさに“芸術は大衆にウケることを考えてはいけない”という詭弁ではないですかね。「いや、ここで言っているのは大衆であって、少数のエリートを相手にするのだ」という反論があるかも知れない。僕はそうは思いません。少数のエリートはほぼイコール大衆だと思います。その一方で、優れた創作者が聴衆をリードするということを忘れているわけではありません。大衆より優れた能力を持っているから創作者になったんだから。ビジネスの話は別として芸術について、僕は決して「売れれば勝ち」と思っているのではありません。「売れても負け」「売れなくても勝ち」という例はゴマンとあります。僕がここで言いたいのは、創作者が“受けなくても構わない”というひとりよがりの殻に閉じこもってはいけない、ということです。
 
----------わかりました。ところで、金子さんの今後の抱負等ありましたらお聞かせください。
 
みなとみらいホールでいいコンサートをたくさん開いて、たくさんの人に聴いてもらうこと。これに尽きます。
 
----------きょうは、本当に中身の濃いお話を聞かせていただきまして、本当にありがとうございました。最後に、金子さんにとって、音楽とは、または芸術とは、何でしょうか。
 
これはすごい質問だなあ。よく「音楽がなかったら生きていけない」という言い方をするけど、そんなことはないよね。生きてはいけると思うのですよ。衣食住と違ってそれがなかったら死んじゃう、というものではないのだから。でもね、僕は音楽がなかったら生きていてもつまらない、とは思うのです。生きてる甲斐がない。つまり生命にとって必需品ではないけれど、人間が単なる生物としてでなく、心をもった生き物として生活するためには、絶対必要なもの。音楽以外にもそういうものはいっぱいあるけどね。それはつまり遊び、道楽ですよ。そういうことを仕事にできて、ちゃんと給料もらってるというのはよく考えてみるとすごくありがたいことだと思います。だって小さい時から音楽が好きで好きで、楽器を習って吹奏楽やオケや室内楽やって、まるでその延長みたいにしてCD作ったり、コンサート制作したり、セミナーやったり。それで50年の人生を送ってこられたんだから、ほんとに楽しいです。
 
----------御本人を前にして、申しわけないのですが、私にとって、金子さんは仕事に関して憧れというか、モデルのようなところがあるのです。私自身は、金子さんの言われた「死んでいる“創作としての”クラシック音楽」を、もう一度21世紀の総合芸術のような形で、復活ではなくて新たに創造できるようなものとして目指したいという壮大な夢があります。それが何なのかはっきり具体的なものはないのですが。きょうのこのインタビューを、自分への貴重な体験として、夢に向かって進んでいきたいと思います。 本当に、すばらしいインタビュー、ありがとうございました。