5. ■ 成功への秘訣
 
「英語の必要性」
 
----------こうして伺っていると、金子さんは、本当に充実した仕事環境の中で過ごされてこられた、ということですね。
 
僕の場合は今にして思うと、やりたいと思ったことはこれまではほとんど全部やったと思います。いろんな仕事を経験した上で、そもそもの入社の目的だったプロデュースの仕事をできたし、世界のいろんな指揮者やオーケストラと録音の仕事をしたし。日本人演奏家も、若い人の初めてのレコーディングをたくさん手がけて彼らのその後の活躍のきっかけのひとつを作ったり、中村紘子さんや前橋汀子さんといった、日本を代表するアーティストのプロデューサーをそれぞれ10年以上担当したし。SMFでもいいスタッフに恵まれてほんとに楽しく仕事できましたね。
 
----------その秘訣は何でしょうか。これから社会人となる私たちに、何かアドバイスをいただければ。
 
秘訣なんてわからないけど、僕はいつも自分に目標を課してそれに向かって努力はしていたつもりです。音楽のこともそうだし、もうひとつは英語です。若いころ英語の必要性を身にしみて感じて、20代の時に英語学校に通って勉強しました。ある程度英語が話せたからYo-Yoとの仕事も実現できたし、たくさんの指揮者やオケの人たちとも直接のコンタクトを取れたし。もし英語が話せなかったら、僕の仕事は半分以下だっただろうと思います。それと最近思うけど、人を大切にすることだと思う。せっかくご縁があっていっしょに仕事するんだから、お互いできるだけ気持ちよく仕事したいよね。それにチャンスがあったらお互いに助け合って。
 
----------本当にそうですね。どんな仕事であれ、そこが基本ではないかという気がします。 ここで少し角度を変えて。今までのお話から、金子さんはクラシック一筋だったように思えるですが、ポップやロックやその他の音楽には、興味がなかったのでしょうか。例えばビートルズなんて、興味はありませんでしたか。
 
結果から言うとクラシック一筋ですね。ビートルズは、中学2年の時に来日したんじゃないかなあ。あんまり興味はなかった。その後、大学時代は“サイモンとガーファンクル”を聞きまくりました。あとジャズも好きです。多くの何人かのジャズ・ミュージシャンとは、仕事で付き合いましたね。別にジャンルは関係なく、聴いて好きな音楽ならなんでもいいんですが、僕の好きな音楽がたくさんあるのがクラシックと呼ばれているジャンルなのです。
 
■ デジタル時代
 
「プロデューサーはソフト担当」
 
----------レコードからCDに切り替わったとき、プロデューサーとして何か大きな変化はありましたか。
 
もちろんあります。バランスの作り方が大きく変わりました。簡単に言うと、レコードでは、マスターテープからカッティングをして溝を彫るのですが、そのオリジナルのカッティング盤から子、孫とコピーを作って実際のレコードをカッティングするのですが(わかる?)このプロセスで溝の切り込み(角度)がどうしても甘くなってしまうので、そのために高音と低音がいくらかぼやけてしまう、というのが避けられないことでした。そのために録音の時は実際にレコードで聞く状態よりもほんの少し高音と低音を強調したバランスにしておく、ということがありました。

それに対してCDは基本的にはマスターテープの音があまり劣化しないで記録できるので、もしレコード用にバランズしたマスターをそのままCDに使うと今度は高音と低音がきつ過ぎるものになってしまうことがあります。そこでCD化を前提としたバランズ決めでは、スタジオのモニターで聞こえる音がほぼそのままCDになる、というつもりで音作りをします。

今から20年くらい前、CDが出始めたころに、一部で“CDは音をデジタル化するから音が金属的で冷たい”とか“CDではレコードのような暖かみが伝わってこない”とか言う人たちがいましたが、僕はそれはCDがデジタルだからそう聞こえるのではなく、CDがよりマスターテープに近い音で聞こえるため、今言ったレコード化されることを想定してややきついバランズに作ったものがそのまま商品になってしまったから、というのが大きな理由だったと思います。
 
----------私は録音ということにもすごく興味があるのでお聞きしたいのですが、金子さんは、録音制作プロデューサーとしても合計約60枚のCD等を手掛けられました。「浜松国際ピアノ・アカデミー」の企画の一環として「CD録音シミュレーション」と題するレクチャーを、1996年から3年間に渡ってされていますが、プロデューサーのみでなくrecording エンジニアもなさるのでしょうか。
 
僕はエンジニアではありません。むしろ機械オンチで、機械のことはエンジニアまかせです。ハード担当のエンジニアに対して、プロデューサーはソフト担当と言えばいいかな。つまり僕の仕事は一口に言って現場監督みたいなものだと思いますね。まず、どんな作品を作るか―どういうアーティストと、どんな曲を録音してどんなCDを作るか―を考えることからプロデューサーの仕事は始まります。まず自分がアーティストに惚れ込むこと、そしてそのアーティストの素晴しさをひとりでも多くの人に知ってもらうために、言い替えれば1枚でも多くのCDを売るために、どんな作品を作るべきかを考えることです。計画が固まると、録音の具体的な準備が始まります。 ピアノ伴奏などの共演者を依頼し、録音エンジニアを決め、音響条件のよい録音会場(クラシックの録音ではスタジオではなくコンサートホールを使うことがほとんどです)を押さえ、ピアノを使う録音であれば、楽器と調律師を手配します。さらに、遠隔地での録音の場合は、アーティストとスタッフの宿泊先の予約、交通手段の確保がロデューサーの仕事です。もちろん録音する曲の楽譜を何種類か手に入れて、予習をしておくのは当然のこと。
 
「アーティストの最上の演奏を残す」
 
さっき録音エンジニアの話が出ましたが、このエンジニアというのが実は、演奏家、プロデューサーと並んで重要なスタッフなのです。どんな音色の録音になるかは、演奏家、プロデューサー、そしてエンジニアの三者の組み合わせによって変わってくるのです。ちょうど映画での俳優、監督とカメラマンのような関係、と言えばいいかも知れません。このエンジニアは、レコード会社だけでなく、放送局、スタジオなどでも活躍していますが、これも音楽関連産業のひとつの重要な仕事なんですね。

録音現場をちょっとルポ風にお話しましょう。まず録音初日。朝から録音機材を会場に搬入してステージ上のマイクや録音室のセッティングが始まります。ステージではピアノの調律が進みます。アーティストが会場に到着して、全ての準備が整いました。録音前の「音決め」は重要です。「音決め」とは、録音される音色と響きを決めることです。同じマイクを使っても、楽器とマイクの距離、マイクの高さ、その角度などの要素によって、録音される音に驚くほどの違いが出て来ます。また、ホールの残響音や全体の響きのバランスを決めたりするのです。この「音決め」の責任者がプロデューサーということになります。

録音セッションが始まってからのプロデューサーの仕事は、アーティストに気持ちよく演奏してもらって最上の演奏を残すこと、そして演奏が満足すべきものであり、商品として通用するクオリティかどうかを判断してOKを出すことです。そのため録音中は、楽譜と首っ引きで全身を耳にして演奏を聴き、あらゆる鳴った音、そして鳴らなかった音、すべての出来事を聞き取らなければなりません。CDは何回も繰り返して聴かれるものなので、小さな雑音や演奏上のわずかなミスも気になるのです。

そこで、よりよい演奏を残すため、録音のあとにスタジオでの編集作業をします。編集に備えてセッションの間中、頭の中では「ここからここまではこのテイク、そこから先はあのテイク…」という、いわば編集のための青写真を作り、楽譜に書き込んでいきます。テイクとは録音の単位、演奏が始まって止まるまでが1テイクです。1曲全部演奏されたものも1テイク、始めの3小節でやめてしまったものも1テイク。テイク1、テイク2、というように番号を付けて、いつでも必要なテイクが分かるようにしておくのです。よい演奏のテイク番号を楽譜やメモに書き込んで、ちゃんとしたテイクが全曲分漏れなく録れているか、編集が終ってみたら壁のない家や屋根のない家にならないように、慎重に組み立てを考えるのです。こうして青写真が完成すると、めでたく録音終了です。

何日間かの録音が無事終ると、今度はエンジニアとふたりでスタジオでの編集の仕事に入ります。1枚分のCDの編集には平均で50時間くらい、つまり1日8時間働いたとして6日間かかるのです。編集作業には録音より長い時間がかかるのが普通です。録音中に書き込みをした楽譜と、テイクノートという、現場で作ったメモを頼りに、一番いいテイクを捜しながら完成テープを作るのです。

音源作りの他、ジャケットの制作もプロデューサーの仕事です。デザイナーと相談しながらジャケッのコンセプトを決め、カメラマンを手配してスタジオなどでの撮影。そしてブックレットのライナーノートの執筆を評論家の方などに依頼します。そういう素材が揃ったら、印刷業者に渡し、文字の校正もすべて自分でするのです。こうして1枚のCDができ上がります。
 
■ プロデューサーとして
 

「誰とでも平等でありたい」

 
----------金子さんは、Producerとして演奏家とのコミュニケーションをどのようにとられるよう心がけているのでしょうか。それによって、音楽家ではない他のビジネススタッフの方々と意見が食い違ってしまう事はないのでしょうか。その場合の解決法なども一緒にお聞かせいただきたいのですが。
 

われわれ録音スタッフは、演奏家と聴衆の中間に立つべきものです。つまり演奏家に対しては聴衆の代弁者であり、聴衆に対しては演奏家の代弁者であるべきだと思っています。

これはまずレパートリーを決める時に制作者が一番アタマを悩ますことです。演奏家のやりたいレパートリーと、聴衆の求めるレパートリーの接点を探すということです。演奏家のやりたいレパートリーは本人に聞けばわかりますが、聴衆の求めるレパートリーは、実際にマーケットに出てそれがどのくらい売れたか、という結果でしか判定できません。そこでわれわれ制作者のマーケティングのセンスが問われるのです。マーケットのニーズを想定して演奏家を説得することも時には必要とされるし、反対にその演奏家の一番いい面をたくさんの人に知ってもらうために、1枚づつのアルバムで徐々にファンをリードしていくことも必要です。そういうマーケティング・センスを持たないプロデューサーは単なる演奏家の便利屋になるか、演奏家の気持ちをまったく理解せずひとりよがりのレパートリーを演奏家に押し付けることになってしまうと思います。

もうひとつ、録音の現場でバランス決めをする時にも、プロデューサーのセンスが問われます。たいがいの楽器の演奏家は、いつも音が出るすぐ近くで自分の演奏を聞いています。それに対して聴衆はステージで出た音が何メートルかの距離を通じて聞こえてくる音とホールの中に響いた音がミックスしたサウンドを聞いているのです。

一般に演奏家がいい音だと感じるのは、どちらかというと直接音(楽器からのナマの音)が多く間接音(ホールの響きの音)が少なめの場合が多いです。それが行き過ぎるとキツい音になることがあります。ところが客席では、ホールの響きが演奏家に聞こえるよりもたくさん聞こえるので、聴衆にとっていい音というのは、演奏家が聞くよりも間接音の多い響きなのです。これが行き過ぎるとお風呂場のようなボワンとした響きになってしまいます。この直接音と間接音の割合がサウンドを決める大きな要素のひとつです。演奏家の主張だけを取り入れるとディテールはよく聞こえるが響きのキツい音になってしまうかも知れない。反対に聴衆の側だけに立つと、耳には美しいが音楽のディテールが聞こえず、だれが弾いているのかわからない個性のないサウンドになってしまうのです。

他のスタッフとの関係では、始めのレパートリーに関しては前に書いた販促、営業等との調整が当然必要です。そこでいろいろなことで意見が食い違うことは当然あります。ビジネスの世界では最終的には売れれば勝ちです。また現場ではこれも前に書きましたが、エンジニアの意見は尊重します。それに加えてピアノ調律師にも意見を聞きます。基本的にはアーティスト、エンジニア、そしてプロデューサーの3者で決めますが、アーティストが絶対イヤだというバランスに決めるようなことはしません。

演奏家との接し方ですが、これは演奏家に限った話ではありませんが、僕は仕事で付き合う相手とはだれとでも対等でありたいと思います。相手がどんなに偉い人でも自分の意見はちゃんと伝えたいし、相手がどんなに若くて経験がなくても失礼なことをしたくないし。つまりこれも前に書きましたがお互いにプロフェッショナルとして尊敬し合い、お互いのアイディア、意見をきちんと失礼でなく伝え合う関係でいい仕事をしたいのです。

 
「地方のホールでの録音が増えた」
 
----------下田市民文化会館<http://www2t.biglobe.ne.jp/~shinora/prof/work/work3.htm>は音の評判も良く、ピアニストの小山氏も好んで、ここで何枚もCDの録音をしておられます。金子さんは特に、piano concertoのproduceにあたっていたのですが、financialな面も含めて、ホール選びはどの様に行われているのですか。 湿気の多い日本と少ない海外では、まず楽器そのものの鳴りが違いますし、楽器から出た音がマイクに入るまでの音の伝達特性も違うと思います。演奏家や指揮者の方の要求とかも聞いたりするのでしょうか。
 
会場選びはとても大切な問題です。条件がいくつかあります。@当然ながら音がいいことA外からの雑音が入らないこと(これは案外盲点で、ホール自体はいいのに、地下鉄の音が響く、建物全体の空調の音が響く、外のクルマの音が聞こえる、などの例がたくさんあります。コンサートと違って録音ではほんの微細なノイズもマイクが拾ってしまうので、神経質になります)B使用料金がやすいことなどです。

録音の計画は多くの場合実際の録音のせいぜい半年前とか三ヶ月前にならないと決まりません。それに対してホールの申し込み受付は1年以上前から始まっていることが多いので、都内などのホールでは録音の申し込みをする時点で3日とか4日を連続で借りるということがほとんど不可能です。また、都内のホールだと、どんなに遮音性に優れていても、街の暗騒音を拾ってしまうことも多いのです。さらに、演奏家の側からは都内のホールに毎日通うよりも、どこか地方へ出かけて合宿のようにスタッフと一緒に泊り込んで集中して録音をしたい、という考えもあります。そんな理由で録音の仕事は地方のホールでの録音が多くなりました。

あなたがおっしゃった下田のホールは、僕自身の仕事では使ったことはありません。小山さんの録音プロデューサーを僕から部下に引き継いだ時、彼が下田で録音して、その時一日だけ見に行きました。響きが好きでよく使ったのは、日本では「浜松アクトシティ中ホール」、松本にある「松本ハーモニーホール」、などですね。ミラノで録音をした時、適当な録音会場がなかなかみつからなくて苦労したのですが、最後に見つけたのが大きな教会で、なんとその教会はモーツァルトが子供のころに何ヶ月か滞在し、ヴェルディのレクイエムが初演され、と由緒ある場所だったことがありました。あれは面白かった。

湿度はもちろん悩みのタネです。日本で録音する以上仕方のないことなので、適度に乾燥したシーズンを選ぶ(梅雨どきと真夏は湿度が高い、真冬は乾燥しすぎる)ようにしてはいますが、演奏家のスケジュール等で思うようにはいかないケースも多々あります。僕が実際に体験した例では、湿度の高い季節に録音する時は24時間エアコンをつけっぱなしにして、夜間に湿度が上がるのを防ぐとか、真冬の乾燥期の録音ではステージにバケツで水をまいてそれをモップでのばす、なんてひどいことまでやりました。