「誰とでも平等でありたい」
われわれ録音スタッフは、演奏家と聴衆の中間に立つべきものです。つまり演奏家に対しては聴衆の代弁者であり、聴衆に対しては演奏家の代弁者であるべきだと思っています。 これはまずレパートリーを決める時に制作者が一番アタマを悩ますことです。演奏家のやりたいレパートリーと、聴衆の求めるレパートリーの接点を探すということです。演奏家のやりたいレパートリーは本人に聞けばわかりますが、聴衆の求めるレパートリーは、実際にマーケットに出てそれがどのくらい売れたか、という結果でしか判定できません。そこでわれわれ制作者のマーケティングのセンスが問われるのです。マーケットのニーズを想定して演奏家を説得することも時には必要とされるし、反対にその演奏家の一番いい面をたくさんの人に知ってもらうために、1枚づつのアルバムで徐々にファンをリードしていくことも必要です。そういうマーケティング・センスを持たないプロデューサーは単なる演奏家の便利屋になるか、演奏家の気持ちをまったく理解せずひとりよがりのレパートリーを演奏家に押し付けることになってしまうと思います。 もうひとつ、録音の現場でバランス決めをする時にも、プロデューサーのセンスが問われます。たいがいの楽器の演奏家は、いつも音が出るすぐ近くで自分の演奏を聞いています。それに対して聴衆はステージで出た音が何メートルかの距離を通じて聞こえてくる音とホールの中に響いた音がミックスしたサウンドを聞いているのです。 一般に演奏家がいい音だと感じるのは、どちらかというと直接音(楽器からのナマの音)が多く間接音(ホールの響きの音)が少なめの場合が多いです。それが行き過ぎるとキツい音になることがあります。ところが客席では、ホールの響きが演奏家に聞こえるよりもたくさん聞こえるので、聴衆にとっていい音というのは、演奏家が聞くよりも間接音の多い響きなのです。これが行き過ぎるとお風呂場のようなボワンとした響きになってしまいます。この直接音と間接音の割合がサウンドを決める大きな要素のひとつです。演奏家の主張だけを取り入れるとディテールはよく聞こえるが響きのキツい音になってしまうかも知れない。反対に聴衆の側だけに立つと、耳には美しいが音楽のディテールが聞こえず、だれが弾いているのかわからない個性のないサウンドになってしまうのです。 他のスタッフとの関係では、始めのレパートリーに関しては前に書いた販促、営業等との調整が当然必要です。そこでいろいろなことで意見が食い違うことは当然あります。ビジネスの世界では最終的には売れれば勝ちです。また現場ではこれも前に書きましたが、エンジニアの意見は尊重します。それに加えてピアノ調律師にも意見を聞きます。基本的にはアーティスト、エンジニア、そしてプロデューサーの3者で決めますが、アーティストが絶対イヤだというバランスに決めるようなことはしません。 演奏家との接し方ですが、これは演奏家に限った話ではありませんが、僕は仕事で付き合う相手とはだれとでも対等でありたいと思います。相手がどんなに偉い人でも自分の意見はちゃんと伝えたいし、相手がどんなに若くて経験がなくても失礼なことをしたくないし。つまりこれも前に書きましたがお互いにプロフェッショナルとして尊敬し合い、お互いのアイディア、意見をきちんと失礼でなく伝え合う関係でいい仕事をしたいのです。